神峰大祭礼と我が町(東町)の日立風流物を通じて 小澤一男(学機49)(会報第24号(令和元年11月)より)

私は日立市東町に生まれ、当時から神峰神社大祭礼と日立風流物が存在しており、幼少の頃から祭りの光景とお囃子の音色等を見聞きし身に沁みついていました。
 我が町(東町)の日立風流物に関わったのは40才で人形を操る作者(さくしゃ)になり当該人形の管理維持も任されてました。18年後、平成21年の(ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)人類の無形遺産の一覧表に記載された)年に後述の帳元(ちょうもと)に抜擢され役員として、現在まで10年続いています。
 現在の東町日立風流物の組織は前述の作者(30人)、笛・太鼓・鉦(かね)によるお囃子担当の鳴り物(26人)、山車(だし)の転倒防止用山綱担当の屋形(やかた)(34人)、山車の組立・解体等の主導の大工(6人)から成り立っております。又、3役として支部長(全体統括)、作者長(人形全体統括)、そして私担当の帳元(総務・会計と支部長補佐)で構成されてます。以下に大祭礼,日立風流物の概要、最後に風流物を通じて私の第二の人生への取組み等について記載します。

 今年は5月1日より元号が平成から令和になり、令和元年5月3日~5日にかけて7年に1度の神峰神社大祭礼が実施されました。概要としては日立風流物4台(北町・本町・西町・そして我が東町)の山車が一斉公開され、且つ3地区(宮田・助川・会瀬)の佐佐羅(ささら)が巡行しながら獅子舞が演じられました。
 日立風流物は昭和34年に国の重要有形民俗文化財の指定を受け、更に昭和52年に国の重要無形民俗文化財に指定。又、平成21年に前述のユネスコ人類の無形遺産の一覧表に記載され、更に平成28年にユネスコ無形文化遺産に(山・鉾・屋台行事)として拡張一括提案され日立風流物含む全国で33件が登録されました。今年は登録後初めての全4町4台一斉公開になったのです。
 さて、神峰神社大祭礼の由来ですが元禄8年(1695年)水戸二代藩主徳川光圀公の命により神峰神社が宮田・助川・会瀬の三ケ村の総鎮守となって以来、氏子たちの手により三百余年にわたり伝統を絶えることなく継承され7年に1度大祭礼を行ってきました。
大祭礼は神峰山の神峰神社奥宮からご神体(お鉾)を本殿よりお迎えし前述の4町内の者たちが神峰神社に集まりご神体の送り迎えを致します。神峰神社の拝殿から出発する行列は宮田・助川・会瀬のささらを先頭に稚児が馬に乗りご神体を肩に、浜の宮、助川、会瀬海岸を渡御して皇室の興隆、国家の安泰、国民の繁栄を願う神事になっています。
 一方、日立風流物の由来ですが大昔、大八車の上に小さな祠(ほこら)を安置し青竹の先を剣先に切り、榊を重ね幣束と麻を添え木偶(でく)の坊と言う動かない人形を飾り付け、その周囲に花笠のように放射状に紙花を垂らし村内を練り歩き、悪霊退散と五穀豊穣を祈願しながら前述の渡御神事に加わっていました。江戸時代の享保年間(1716年~1736年)の頃に山車に有名な物語場面の所作人形を飾り付けて、各村で競い合うようになり風流物と称して渡御行事から離れ祭典行事の余興として奉納されるようになりました。風流物の山車は毎回益々大きくなり、笛・太鼓・鉦などの鳴り物も添えられるようになり、現在の日立風流物の5層の表館(おもてやかた)になったのは明治時代後期以降と言われております。又、風流物の公開は古来より世直し祭りとも言われ、平和の象徴として代々継承されてきました。現在は日立風流物として前述の4町に継承され、互いに芸を競い合いながら工夫改良が重ねられています。
 日立風流物の特徴は、カラクリ(早返り・首かえしなど)人形を乗せ、且つ後述のカラクリ仕掛けの山車です。正面を表館(又は表山)、裏を裏山(うしろやま)と言い、藤蔓(ふじつる)で骨格をつくり木綿布で覆った岩山を模したつくりで神峰山をかたどっています。表館は前述の5層の屋形になっており、公開時には3段目から順に5段目まで各屋形が(カグラサン)と呼ばれる人力の巻き上げ機によってせり上がり、次に1段目の屋形の中央から扇が開くように左右に割れ開き、5段目まで順に割れ開くのです。又、表館の人形芝居が完了後、裏山の人形芝居が演じられるように人力で山車が180度回転できる機能も兼ね備えたカラクリ仕掛けの山車なのです。山車の大きさは裏山含めて高さ約15m、奥行き約8m、開き後の幅は約8m、重さは約5トン。山車の中に約50名前後で人形公開を行ってます。表館の各層に約1畳の狭いスペースの中に約5名ずつの作者が人形を操ってます。


表館では歴史物の人形芝居が演じられ、裏山では動物等も出てくる民話や伝説が多く演じられます。
 日立風流物公開の芸題は4町内各々異なり、因みに今年の大祭礼時の我が東町の表館は(風流源平盛衰記)、裏山は(日立の伝説かびれ霊峰と御岩権現)でした。
 以上大祭礼と日立風流物の概要を記述してまいりましたが、私は長年携わってきた日立風流物を通じて、私の第二の充実すべき人生の中で重要な糧のひとつになってます。私の第二の人生の目指す目的のひとつに当文化遺産を後世に継承させていく支援と地域コミュニテイ活動への反映です。尚、上記前者の継承支援に於ける大きな課題は人材不足です。地域からの人材発掘の他に現在、地域の小学校(3年生対象)に毎年1回の人形操作体験学習と今年から同地区内の中学(1年・2年対象)の同上の体験学習を実施中です。一方、行政の方で山車会館(4町の山車部材収蔵機能、山車・人形等の見学と体験などの多機能を有する)を検討中です。早期建立を期待してます。上記後者のコミニュテイ活動は長年育んだ地域の信頼ある人との絆を地域防災活動に反映することです。現在私は今年(防災士)資格を取得し、地域防災活動中です。
 現在日立風流物の公開は前述の大祭礼の期間の他に日立市主催の毎年4月の日立さくら祭りにも行われてますので、未だご覧にならない会員の皆様方には是非見て堪能して頂き、周囲の方々に広報して頂ければ日立の町興しに繋がります。宜しくお願い致します。

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